「実施設計の追い込みで年度末は徹夜続き。気づいたら確定申告の準備が何も終わっていない」——独立した建築士の方からよく聞く話です。

組織設計事務所やゼネコンから独立して個人事務所を構えた建築士は、給与所得者と違って自分で確定申告をする必要があります。建築士の申告には他業種と違う特徴が2つあります。①設計報酬から10.21%が源泉徴収されるため、申告して初めて税金の過不足が精算されること、②CAD・外注費・講習費など職能特有の経費が多く、計上漏れがそのまま損になることです。この記事では一人事務所・フリーランスの建築士向けに、経費の一覧から源泉徴収の精算、青色申告65万円控除まで解説します。

⚠️ 本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の税務判断については、税理士や税務署にご相談ください。

建築士の設計料は源泉徴収される——申告で「取り戻す」仕組み

まず建築士特有の大前提から。個人の建築士が法人(工務店・不動産会社・法人施主など)から受け取る設計報酬・監理報酬は、所得税法で源泉徴収の対象と定められています。

支払われる報酬 源泉徴収税率
1回の支払いが100万円以下の部分 10.21%
1回の支払いが100万円を超える部分 20.42%

たとえば設計料100万円の請求なら、実際の入金は約89.8万円。差額の約10.2万円は取引先があなたの代わりに税務署へ前払いしています。

📌 源泉徴収は「税金の前払い」であって「納税の完了」ではありません
前払いされた税額と、経費・各種控除を反映した本来の年間所得税額との差額は、確定申告で精算されます。経費をきちんと計上した結果、本来の税額が前払い分より少なければ差額が還付されます。独立初年度や経費の多い年は、申告すればお金が戻ってくるケースが珍しくありません。逆に申告しなければ、払いすぎた税金は戻りません。

なお、施主が一般の個人(源泉徴収義務のない個人)の場合、その報酬は源泉徴収されないのが通常です。取引先ごとに「引かれている報酬」と「引かれていない報酬」が混在するので、入金額だけを売上として記帳しないよう注意しましょう(売上は税引き前の請求額で計上します)。源泉徴収の仕組み・対象となる報酬の全体像はフリーランスの源泉徴収まとめで詳しく解説しています。

建築士が経費にできるもの一覧

設計業は「パソコン1台でできる仕事」と思われがちですが、実際はソフトウェア・外注・講習・保険・出力費と、固有の経費がかなり多い職種です。計上漏れしやすいものを含めて一覧にしました。

項目 判定 ポイント
CAD・BIMソフト(サブスク) ○ 全額 AutoCAD・ArchiCAD・Revit・Vectorworks等の年間ライセンス・月額課金は支払った年の経費。買い切りで10万円以上は無形固定資産として減価償却(耐用年数5年)。
構造計算・省エネ計算ソフト ○ 全額 構造計算・確認申請支援・パース作成(Lumion・Twinmotion等)・Adobe系も同様に経費。
外注費(構造・設備・パース等) ○ 全額 構造設計・設備設計・申請代行・模型製作・竣工写真の撮影などの外注は全額経費。支払先・金額の記録を残すこと。
定期講習の受講料 ○ 全額 建築士事務所所属の建築士に義務付けられた3年ごとの定期講習。管理建築士講習・構造/設備一級の講習も同様。
建築士会・事務所協会の会費 ○ 全額 建築士会・建築士事務所協会・JIA等の入会金・年会費は「諸会費」。
事務所登録・更新の手数料 ○ 全額 建築士事務所登録(5年ごとの更新)の手数料。個人事務所でも登録は必須なので忘れず計上。
建築士賠償責任保険 ○ 全額 設計ミス等に備える職業賠償責任保険(いわゆる「けんばい」等)の保険料は「損害保険料」。
図面出力・製本費 ○ 全額 A1出力・確認申請図書の製本・コピー代。出力センターの利用料も含む。自前プロッタのインク・用紙は消耗品費。
模型材料 ○ 全額 スチレンボード・スプレーのり・カッター替刃など、プレゼン模型の材料は消耗品費。
現場・役所への交通費 ○ 全額 現場監理・打合せ・確認申請で役所へ行く交通費。遠方現場の宿泊費も業務分は経費。
法令集・専門書籍・雑誌 ○ 全額 建築基準法令集(法改正ごとの買い替え)・専門誌・技術書は「新聞図書費」。
カメラ・現場記録用機材 △ 按分 現場記録・竣工写真用のカメラ。私用と兼ねる場合は使用割合で按分。10万円以上は減価償却。
パソコン・モニター・プロッタ △ 按分 仕事専用なら全額。10万円未満は消耗品費、10万円以上は減価償却(青色申告なら30万円未満の少額特例あり)。
自宅兼事務所の家賃・光熱費 △ 按分 作業スペースの面積・使用時間の割合で按分。自宅開業の一人事務所では代表的な経費。
通信費(スマホ・ネット回線) △ 按分 業務利用の割合で按分。クラウドストレージ・オンライン会議ツールの料金も対象。
受験料・資格学校の費用 × 原則NG 一級建築士等の受験料・資格学校の学費は「資格取得のための費用」として原則経費にならない(開業前の支出のため)。開業後の技能維持のための講習とは区別される。
プライベートの飲食・旅行 × NG 「建築を見るための旅行」も、業務との直接の関連が説明できなければNG。視察の実態(記録・報告書・設計への反映)があるかで判断される。

建築士が使う主な勘定科目

帳簿をつける際に迷いやすい勘定科目の割り当てをまとめました。

外注費
構造・設備設計、パース、模型製作、竣工写真の外注
通信費
CAD/BIMサブスク・クラウド・ネット回線・スマホ(按分)
模型材料・出力用紙・インク・10万円未満の機材
工具器具備品
10万円以上のPC・プロッタ・カメラ(減価償却
研修費
定期講習・管理建築士講習・セミナー受講料
諸会費
建築士会・事務所協会・JIAの会費、事務所登録更新料
損害保険料
建築士賠償責任保険(けんばい等)
旅費交通費
現場監理・役所・打合せへの交通費、遠方現場の宿泊費
新聞図書費
法令集の買い替え・専門書・建築雑誌
地代家賃
事務所家賃・自宅兼事務所の按分家賃

具体的な所得の計算例

📊 一人設計事務所・年間売上1,000万円のケース

年間設計・監理報酬(税引き前の請求額) 10,000,000円
外注費(構造・設備設計、パース) - 1,500,000円
CAD・BIM・各種ソフトウェア - 400,000円
自宅兼事務所の家賃(40%按分) - 480,000円
現場・役所への交通費 - 250,000円
出力・製本・模型・消耗品 - 200,000円
保険・会費・定期講習・登録更新 - 150,000円
通信費・書籍(按分後) - 150,000円
事業所得 6,870,000円

ここから青色申告特別控除(65万円)・基礎控除・社会保険料控除などを差し引いた金額に税率がかかります。そして建築士の場合、算出された税額から「すでに源泉徴収された税額」を差し引いて納付額(またはマイナスなら還付額)が決まるのがポイントです。売上1,000万円の大半が法人からの受注なら、100万円前後がすでに前払いされている計算になります。経費と控除の計上が甘いと、この精算で損をします。

白色申告 vs 青色申告、建築士はどちらを選ぶべき?

白色申告

  • 手続きが比較的シンプル
  • 帳簿は単式簿記でOK
  • 特別控除なし
  • 赤字の繰り越しができない
💡 設計業は「入金の波」が大きいからこそ青色申告
設計監理は着手金・中間金・完了時と入金が飛び飛びで、年をまたぐプロジェクトも多い業種です。青色申告特別控除65万円に加えて赤字の3年繰越が使えるのは、受注の波が大きい設計業にとって実利の大きい保険になります。所得が300万円の場合、65万円控除で所得税率20%なら約13万円の節税です。

青色申告を始める手順

  1. 開業届を税務署に提出する
    まだ出していない方は、最寄りの税務署またはe-Taxで「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出します。開業から1ヶ月以内が原則ですが、遅れていても提出できます。
  2. 青色申告承認申請書を提出する
    その年の3月15日まで(または開業から2ヶ月以内)に提出が必要です。税務署の窓口かe-Taxで提出できます。
  3. 日々の帳簿をつける
    売上(請求ベース)と経費を複式簿記で記録します。会計ソフトやアプリを使えば、簿記の知識がなくても入力できます。
  4. 確定申告書(青色申告決算書)を作成・提出する
    e-Taxで申告するだけで65万円控除が適用されます。2月16日〜3月15日が申告期間です。

建築士の帳簿の付け方:設計業ならではのポイント

① 売上は「入金額」ではなく「請求額」で記帳する

源泉徴収された報酬は、入金額(税引き後)だけを見て記帳すると売上を過少計上してしまいます。売上は税引き前の請求額で計上し、源泉徴収された分は「事業主貸」等で別建て管理するのが正しい処理です。取引先から1月頃に届く支払調書や、自分の請求書控えと突き合わせて、年間の源泉徴収税額を漏れなく集計しましょう(支払調書の交付は取引先の義務ではないため、届かない場合は自分の記録が頼りになります)。

② プロジェクト単位の入金管理

着手時30%・中間30%・完了時40%のような分割入金は、どの案件の何回目の入金かが後から分からなくなりがちです。請求書に案件名を必ず入れ、帳簿の摘要にも案件名を書いておくと、申告時だけでなく「どの案件が儲かったか」の振り返りにも使えます。

⚠️ 領収書・帳簿は7年間保存が必要です
青色申告の場合、帳簿・領収書は原則7年間の保存義務があります。出力センターの領収書やホームセンターの模型材料のレシートなど紙の証憑も多い業種なので、スマホで撮影してデジタル保存しておくと紛失リスクが下がります。

③ インボイス対応

建築士の取引先は工務店・不動産会社などの事業者が中心のため、適格請求書(インボイス)の発行を求められるケースがほとんどです。登録すると消費税の申告義務が生じますが、売上税額の2割だけ納める2割特例(令和8年9月30日を含む課税期間まで)や簡易課税(設計業はみなし仕入率50%の第五種)で負担を抑えられます。

よくある質問

建築士の設計料は源泉徴収されますか?

法人や源泉徴収義務のある個人事業主から受け取る設計報酬は、原則として10.21%(1回の支払いが100万円を超える部分は20.42%)が源泉徴収されます。これは税金の前払いなので、確定申告で年間の所得税額と精算します。経費をきちんと計上すれば、引かれすぎた分が還付されるケースも多くあります。なお、施主が一般の個人の場合は源泉徴収されないのが通常です。

CADソフトのサブスクリプション費用は経費になりますか?

なります。AutoCAD・ArchiCAD・Revit・Vectorworksなどの年間ライセンス・月額サブスクリプションは、支払った年の経費として全額計上できます。買い切り型で取得価額が10万円以上のソフトウェアは無形固定資産として減価償却(耐用年数5年)します。

定期講習の受講料や建築士会の会費は経費になりますか?

なります。建築士事務所に所属する建築士に義務付けられている3年ごとの定期講習の受講料は研修費(または諸会費)、建築士会・建築士事務所協会の会費は諸会費として計上できます。事務所登録の更新手数料や建築士賠償責任保険の保険料も経費です。

構造設計や設備設計を外注した場合はどう処理しますか?

外注費として全額経費に計上できます。注意点として、従業員に給与を支払っている個人事業主が個人の建築士・設計者へ設計報酬を支払う場合は、支払う側に源泉徴収義務が生じます。一人で事務所を運営していて給与の支払いがなければ、原則として源泉徴収は不要です。

建築士もインボイス登録は必要ですか?

取引先次第です。建築士の顧客は工務店・不動産会社・法人施主が多く、取引先が仕入税額控除を求めるケースが大半のため、実務上は登録している建築士が多数派です。登録すると消費税の申告・納税義務が生じますが、売上税額の2割だけ納める2割特例(令和8年9月30日を含む課税期間まで)や簡易課税で負担を抑えられます。

図面に集中するために、経理は自動化を

設計の締め切りと現場監理に追われる建築士にとって、経理は「後回しの筆頭」になりがちです。しかし見てきたとおり、建築士は源泉徴収の精算がある分、帳簿の精度がそのまま還付額・納税額に直結する職種です。

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